石仏石神を求めて

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徳島県の庚申塔 #1(三好市井川町片山・楠神社)

徳島県三好市井川町片山の楠神社(訪問日:2024年8月10日)f:id:nagatorowo2:20240823002914j:image美濃田大橋の南詰に鎮座する神社です。

石段前には明治四十二年銘(1909)の標柱(しめばしら)が一対で建ち、向かって右には「謀無不中戦無不克」、左には「誓心天地金石不渝」と刻まれています。揮毫者は陸軍大将子爵寺内正毅氏。総理大臣を務めた方ですね。

どうやらこの文句は湊川神社境内に安置されている、楠木正成公の事績を顕彰する「嗚呼忠臣楠子之墓」という碑に刻まれたものからの抜粋のようです。

▼参考にしたブログ

kansai-hiking.hatenablog.jp


f:id:nagatorowo2:20240823002907j:image石段を上がりきると左手に掲示が見えます。境内の庚申塔について記した解説板です。f:id:nagatorowo2:20240823002900j:image

解説板 猿田彦神の庚申さん
 庚申さんは普通、仏教の青面金剛を刻み(文字や画像)六十日毎に廻ってくる庚申さんの日に一夜眠らずに祈ったり話をしたりして過したものである。ところが幕末から明治にかけては、仏教を廃して神道を国の指導精神にしたので、庚申さんも仏ではなく神でなくてはいけないと考え天孫降臨の道案内をした猿田彦神があてられた。
 幕末から明治にかけての庚申さんには猿田彦神(天狗)の文字や像の庚申さんが散見されるがこの像ほど巨大で美しいものはない。辻が刻みタバコで栄えた時代のシンボルでもあったのであろう。
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f:id:nagatorowo2:20240823002848j:imageこちらが件の庚申さんです。たしかに、徳島県西部では猿田彦大神を主尊とする庚申塔はしばしば見られますが、ここまで精緻で大きいものは二つとありません。

向かって左のものは五神名地神塔で、また次の機会に紹介します。

▼関連記事

nagatorowo2.hatenablog.com

f:id:nagatorowo2:20240823002842j:image猿田彦大神庚申塔


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刻銘「明治丗八年一月一日建之(1905) / 世話人馬場儀太郎(ほか4名略) / 佐原□〜□来嶋町内 / 石工三ツ田道太郎作 / 猿田彦神社f:id:nagatorowo2:20240823002904j:image塔身正面上部に「猿田彦神社」を右書きで刻みます。f:id:nagatorowo2:20240823002854j:image御尊容(立像、翁型、笠付角柱型(唐破風))、その他像容・彫像(若木、瑞雲)

我が家でお祭りさせていただいている猿田彦大神さまに少し似ています(当ブログのアバウトページをご覧ください)。

ただ、雲に乗っている点と両手で若木を掴み持っている点は異なります。
f:id:nagatorowo2:20240823002917j:image社殿。木漏れ日が差し込んでいい感じになっています。こういう光景大好きです。f:id:nagatorowo2:20240823002910j:image石段最上部から鳥居越しに美濃田大橋を眺める。f:id:nagatorowo2:20240823002845j:image境内を丸々覆うほど樹勢の盛んな御神木。クスノキと思われます。だとしたら社号に因んで植えられたものでしょうか。

楠神社の所在地