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音羽講中庚申塔一基(文京区大塚5丁目・護国寺)

東京都文京区大塚5丁目の護国寺(訪問日:2023年12月26日)f:id:nagatorowo2:20240205164609j:image本堂の左側、薬師堂の裏手に解説板付きの庚申塔が安置されています。
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解説板 音羽講中庚申塔一基
大塚5-40-1 区指定有形民俗文化財
 この庚申塔は、全国にもその例を見ない形式で、当時の民俗や習俗を知る貴重な資料である。塔は規模も大きく(総高210cm)基壇部分、台座、塔部から形作られている。
 塔部は台座上の三猿によって空中で支えられ、天明5年(1785)の銘がある。
 台座は須弥壇形式(仏像をのせる台)で、その四面に肉彫り装飾、返花紋様が施され、その彫りは精巧かつ華麗である。基壇部分には、門前の音羽通りの人々76人の名が刻まれている。
当時お互いに力を合わせ、金銭を出し合う共同社会の成立や信仰心の深さなどを知る上で、貴重な資料である。
 庚申信仰は、庚申の夜(60日毎)講の当番の家で、般若心経を唱え、なごやかに夜を過ごす風習があった。寝ると体内の三尸の虫が抜け出て、天帝にその人の罪を告げ、早死にさせるといわれていた。
-郷土愛をはぐくむ文化財
文京区教育委員会
平成11年3月


f:id:nagatorowo2:20240205164613j:image文字庚申塔


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刻銘「天明五乙巳歳十一月吉祥日(1785) / 音羽下町講中 / 音羽町九町目 願主 伊豆屋太衛 金屋新八 / 武江小日向水道町 石工 安部勘助 細工人 安富與兵衛 / 延宝八庚申龍八月廿九日(1680) / 庚申」f:id:nagatorowo2:20240205164620j:image三猿が塔身部を支えています。


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普遍的な不言猿、不聞猿、不見猿ではなく、庚申塔を持ち上げることに専念した形で彫られています。f:id:nagatorowo2:20240205164616j:image解説板にもある通り、素晴らしく精緻な装飾が施されています。f:id:nagatorowo2:20240205164623j:image都内にある文化財指定を受けた庚申塔の中でも特に優れた、珠玉の逸品と言っても差し支えありません。

護国寺の所在地