石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

津軽地方の百万遍供養塔 #286(つがる市木造中館・路傍)

青森県つがる市木造中館字初栄67-1付近の路傍(訪問日:令和8年4月14日)

f:id:nagatorowo2:20260521104027j:image櫻井集会所の北方に百万遍塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260521104024j:image百万遍供養塔(百万遍塔)

刻銘「昭和五十七年四月二十二日(1982) / 桜井村中 / 百万遍」

平板型

法量(cm):高95、幅81、厚12

 

f:id:nagatorowo2:20260521104253j:image令和5年のストリートビューを見てみると、碑面に「庚申祭二十三夜守札」と記された札が貼られていたことが分かります。百万遍塔に庚申待や月待に関するお札を貼る例は初見です。

もしこのお札の授与元などをご存知の方はご一報ください。

 

所在地 40.81040813770539, 140.3676166756371

津軽地方の百万遍供養塔 #285(つがる市木造善積・路傍)

青森県つがる市木造善積字木賊72付近の路傍(訪問日:令和5年9月15日)

f:id:nagatorowo2:20260910133736j:image石館集落の北口に百万遍塔があります。

f:id:nagatorowo2:20260910133739j:image百万遍供養塔(百万遍塔)

刻銘「昭和二十四年旧七月二十日(1949) / 石館村中 / 百万遍」

原刻字「石舘村中」

自然石型

 

所在地 40.85982692112258, 140.36185792030395

津軽地方の百万遍供養塔 #284(青森市諏訪沢・路傍)

青森県青森市諏訪沢字野田79-1付近の路傍(訪問日:令和6年9月3日)

f:id:nagatorowo2:20260727212426j:image諏訪沢集落の東口に百万遍塔があります。

f:id:nagatorowo2:20260727212420j:image百万遍供養塔(百万遍塔)
f:id:nagatorowo2:20260727212424j:image刻銘「昭和廿四年旧七月廿三日(1949) / 村中 / 百万遍」

隅丸角柱型

 

所在地 40.82722768510744, 140.82964439463848

神奈川県の庚申塔 #142(川崎市中原区上丸子山王町1丁目・丸子山王日枝神社)

神奈川県川崎市中原区上丸子山王町1丁目1555の丸子山王日枝神社(訪問日:令和8年1月1日)

f:id:nagatorowo2:20260831131255j:image庚申塔は社殿の左奥に祀られています。Xで知り合った静伸さん(@satoshugen)とともにお参りしました。

f:id:nagatorowo2:20260831131246j:image青面金剛像庚申塔


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刻銘「延宝八庚申天月吉辰日(1680)」青文字は推定。

御尊容(立像、合掌一面六臂、板駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、三叉戟、矢、宝輪、弓、正向型三猿)


f:id:nagatorowo2:20260831131252j:image文字庚申塔

刻銘「文化十四丑年十一月吉日(1817) / 庚申」

駒型、彫像(日天月天、瑞雲)

 

f:id:nagatorowo2:20260831132530j:image庚申塔の祠の近くに写真のような祭祀場がありました。
f:id:nagatorowo2:20260831132526j:image石祠に挟まれるようにして置かれた謎の石像。静伸さんとも話し合った結果、丸彫りの猿像ではないかという結論に。当社の歴史をまとめた『丸子山王日枝神社御鎮座千二百年記念誌』を閲覧しましたが、この像に関する言及は管見ながら見当たりませんでした。

 

丸子山王日枝神社の所在地 35.57898433556819, 139.66782535260094

忍願寺の百万遍供養塔(港区三田4丁目)

東京都港区三田4丁目7-30の忍願寺(訪問日:令和8年5月11日)

国指定史跡「荻生徂徠墓」のそばに地蔵菩薩を主尊とする百万遍供養塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260511220807j:image百万遍供養塔(念仏供養塔)


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刻銘「享保二丁酉年八月彼岸会(1717) / 導師堅者定恒願主如空知幻 / 願同念仏人共生極楽園 / 為百万遍供養仏講中二世安楽檀衆滅罪生善」

原刻字「享保二丁酉年八月彼岸會 / 願同念佛人共生極樂園 / 為百万遍供養佛講中二世安樂檀衆滅罪生善」

丸彫型、彫像(錫杖、宝珠)

 

忍願寺の所在地 35.644091859563495, 139.73773220547508

津軽地方の百万遍供養塔 #283(青森市浜田・路傍)

青森県青森市浜田字豊田1-4の路傍(訪問日:令和8年7月23日)

f:id:nagatorowo2:20260813140026j:image橋の南詰に百万遍塔があります。

f:id:nagatorowo2:20260813140023j:image百万遍供養塔(百万遍塔)
f:id:nagatorowo2:20260813140029j:image刻銘「大正九年旧七月廿日(1920) / 百万遍」

原刻字「百萬遍」

隅丸角柱型


f:id:nagatorowo2:20260813140033j:image背後には意味深な3基の無銘石塔。百万遍と関連するかは不明です。

 

所在地 40.80660422630543, 140.7611573510861

水上虚空蔵菩薩堂の廻国供養塔(利根郡みなかみ町鹿野沢)

群馬県利根郡みなかみ町鹿野沢の水上虚空蔵菩薩堂(訪問日:令和6年9月29日)

虚空蔵菩薩堂の左脇に庚申塔と並んで1基の廻国供養塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260812024959j:image六十六部廻国供養塔


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正面の刻銘「天下泰平日月晴明 / 奉納大乗妙典日本廻國 / 祥山玄瑞行者」

向かって右面の刻銘「文化九壬申四月十四日(1812) / 備中下道郡水内村 / 俗名新藏」

向かって左面の刻銘「願主同國房右衛門 小菊 / 世話人同國文藏 阿州槙藏」

山状角柱型

 

水上虚空蔵菩薩堂の所在地 36.78007251652478, 138.97002666697063

津軽地方の百万遍供養塔 #282(平川市日沼・地蔵堂)

青森県平川市日沼字一本柳1付近の地蔵堂(訪問日:令和5年9月16日)

f:id:nagatorowo2:20260504091216j:image日沼西口バス停から東に行ったところに地蔵堂があり、その境内隅に百万遍塔を含む石仏石塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260504091220j:image百万遍供養塔(百万遍塔)

刻銘「文久二壬戌年七月二日(1862) / 百万遍之塔(ヵ)」※向かって左側面は塀に阻まれ確認できず。主銘も前掛けにより不明。

皿状角柱型


f:id:nagatorowo2:20260504091227j:image宝珠型の一石六地蔵
f:id:nagatorowo2:20260504091224j:image弘法大師の丸彫立像。錫杖のところに奉納された草鞋が見えます。

 

地蔵堂の所在地 40.61758404000403, 140.51976776018807

富ケ沢の辻切り(白井市復)

千葉県白井市復の富ケ沢集落(訪問日:令和8年7月10日)

f:id:nagatorowo2:20260715003942j:image大字復の富ケ沢という集落には辻切りの風習が残っています。今回は石仏撮影の合間に辻切りを見てきましたので、備忘録として記しておきます。

当地の辻切りについての解説は以下の通り。

種別
無形民俗文化財
所在地
復(富ヶ沢)
概要
富ヶ沢の辻切りは、陰陽道や密教などに由来すると考えられる「鬼鬼鬼 急々如律令」の文字や五芒星、縦横各9本の格子文が書かれた特徴的な木札を下げたもので、市内に他に類例が無い、市内を代表する辻切り行事です。こうした形態の辻切りは千葉県下でも希少なものです。
用語解説
辻切り(つじきり)
辻切りとは、邪悪なものが外から侵入しないように地区の境界に設置するものです。
富ヶ沢の辻切り(市指定文化財)/白井市(令和8年7月15日閲覧)

 

 

集落内の香取神社に設けられた解説板  辻切りとは、邪悪なものが外から侵入しないように地区の境界に設置するものです。富ヶ沢の辻切りは、毎年一月二五日に行われる初囃子にあわせて設置されるもので、当日は午前九時に富ヶ沢地区の各家が地区の集会所へ集まり準備します。一・五m程のヤダケの先端に杉枝・幣束・お札を挿し、その下に環状の注連縄と呪文の書かれた駒形の木札を麻縄で括り付け、地区の境界となる四ヵ所の辻に設置します。木札には陰陽道や密教などに由来するとも考えられる「鬼鬼鬼 急々如律令」の文字が表側に、五芒星と縦横各九本の格子文が裏側に書かれた特徴的なものです。
 市内の各地区でも辻切りは行われていますが、富ヶ沢のような形態のものは他に類例が無く、千葉県下でも希少なものであり、市内を代表する辻切り行事として重要なものです。

平成二九年八月三日 白井市教育委員会

 

 

f:id:nagatorowo2:20260715003946j:image1ヶ所目は集落の南口、船橋市大神保町に通じる道沿いにカラーコーンに挿してありました。

f:id:nagatorowo2:20260715003958j:image木札の裏面には品字様の鬼と急々如律令、富ヶ沢区、令和八年一月廿五日と墨書されています。

f:id:nagatorowo2:20260715003929j:image表面。五芒星と網目状の縦横9本の線が描いてあります。

f:id:nagatorowo2:20260715004015j:image周辺の様子。


f:id:nagatorowo2:20260715004027j:image2ヶ所目は東口です。

f:id:nagatorowo2:20260715003950j:image通学路注意の標識の脇に立っています。

f:id:nagatorowo2:20260715003933j:image撚った藁の輪っかも付属しています。

f:id:nagatorowo2:20260715003937j:image木札は1ヶ所目と同様の文句、図柄。

f:id:nagatorowo2:20260715004031j:image周辺の様子。


f:id:nagatorowo2:20260715004002j:image3ヶ所目は光明寺の植え込み、集落の北口にあたる地点にあります。

f:id:nagatorowo2:20260715004010j:imageここのは杉枝、幣束、お札がまだ残っていました。

f:id:nagatorowo2:20260715004040j:imageお札には「御守護」の文字。


f:id:nagatorowo2:20260715003925j:image最後、4ヶ所目は集落の西口に電信柱で括ってあります。去年までの辻切りも保存されています。奥に写っている老夫婦にお話を伺うと、こういった風習は貴重になってきたから続けていきたい、とのことでした。

また、船橋市の金堀町というところでも辻切りを見たことがあるとおっしゃっていました。そちらは時間が足らず未訪問です。

f:id:nagatorowo2:20260715004023j:imageここのはお札と幣束が失われていますが、杉枝と注連縄は残っています。

f:id:nagatorowo2:20260715004045j:image歴代のお札。

f:id:nagatorowo2:20260715004035j:image令和6年のものは駒型の木札ではなかったようです。

f:id:nagatorowo2:20260715004006j:image足元にもお札やヤダケの残骸が見られました。

 

富ヶ沢集落のおおまかな所在地 35.772427171258684, 140.05039034632597

埼玉県の庚申塔 #156(越谷市中島2丁目・路傍)

埼玉県越谷市中島2丁目89の路傍(訪問日:令和6年6月8日)

f:id:nagatorowo2:20260910023615j:image県道102号線の三叉路に3基の庚申塔が省スペースで集約されています。脇には辻切りも見られます。

f:id:nagatorowo2:20260910023628j:image青面金剛像庚申塔

刻銘「正徳四甲午天九月吉日(1714) / 同行三十人 / 〈アーン種子ヵ〉」

原刻字「同行三拾人」

御尊容(立像、合掌一面六臂、板駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、大蛇、三叉戟、矢、宝輪、弓、一邪鬼、二鶏(牡牝一対)、正向型三猿)邪鬼は正面へ乗り出すような態勢で、三猿は大きく股を開いています。


f:id:nagatorowo2:20260910023618j:image文字庚申塔①
f:id:nagatorowo2:20260910023621j:image刻銘「貞享二乙丑年六月吉日(1685) / 新右門(ほか交名17名略) / 奉造立庚申講結願成弁攸 / 〈キャ種子〉」

原刻字「奉造立庚申講結願成辨攸」

板駒型、彫像(日天月天、正向型三猿)


f:id:nagatorowo2:20260910023625j:image文字庚申塔②

刻銘「宝暦九己卯年九月十三日(1759) / 庚申供養塔」五庚申の日造立。

駒型、彫像(日天月天、瑞雲)


所在地 35.88968831423862, 139.83471691304194