茨城県猿島郡五霞町川妻56の一色神社(訪問日:令和4年8月16日)
社殿の背後に計4基の石仏石塔を祀った合祀社が建っています。順番はバラバラに掲載します。
青面金剛像庚申塔
刻銘「(紀年銘不詳) / 総州関宿領川妻村同行四十七人」※紀年銘は未確認。像容および塔型から江戸初期、元禄前後の作と思われる。
原字「総州関宿領川妻村同行四拾七人」
御尊容(立像、一面六臂、板駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、宝剣、ショケラ、宝輪、羂索、三叉戟、大蛇+宝棒)
二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、標準型三猿像
「庚申社」と墨書された扁額が供えられていたことから、もとは境内か他所に庚申社が独立して建っていたと思われます。
文字庚申塔(青面金剛塔)


刻銘「寛政十二庚申歳六月朔日建之(1800) / 大青面金剛」
角柱型
三社大権現塔
刻銘「寛政六甲寅正月吉祥日(1794) / 御普請三社大権現」
角柱型
水神塔
刻銘「平成二十八年度(2016) / 川妻役員一同 / 水神宮」
自然石型
川妻一色神社の所在地
野塩の三叉路脇に簡易的な覆屋に守護される青面金剛像庚申塔が安置されています。ここが原位置かは不明です。
「お供え物やお花などは、個人へのお気持ちと共にお持ち帰りください。」と記した張り紙が掲示されていました。
青面金剛像庚申塔

御尊容(立像、剣人一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、大蛇、宝剣、ショケラ、三叉戟、矢、宝輪、弓)
二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、内向型三猿像
谷口交差点の脇、株式会社青柳商店の本社ビルの手前に小堂が建立されています。脇には新造された題目塔があります。
堂内を拝見すると青面金剛主尊の庚申塔と石灯籠が納められているのが分かります。両基とも状態が良く保たれており、野晒しであった期間が短かったか古くから堂内でお祀りされていた可能性が窺えます。
青面金剛像庚申塔
刻銘「享保二丁酉年十一月十九日(1717) / 奉造立庚申供養」
御尊容(立像、合掌一面六臂、唐破風笠付角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、矢、弓)
標準型三猿像

堂の建立に携わった方々と志納金を記した額も堂内の向かって右側に掲示してあります。
路傍に役行者石仏や地蔵菩薩塔と並んで自然石型庚申塔が置かれています。灯籠的な役割を果たしているようです。
文字庚申塔
大日堂を正面から。
正明寺大日堂の向かいに子安地蔵尊があり、そこに隣接する建物の敷地内に庚申塔が置かれています。
文字庚申塔
井の頭弁財天境内の七井不動尊に恐らく近代以降に造立された庚申の文字塔が置かれています。
文字庚申塔
宇賀弁才天坐像塔(造立年不詳)
宇賀神像塔(明和四年銘)
個人宅前に植木鉢などと並んで1基の庚申塔が安置されています。
青面金剛像庚申塔

御尊容(立像、剣人一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、宝剣、ショケラ、三叉戟、矢、宝輪、弓)
二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、内向型三猿像
墓地へと続く石段の脇に無縁仏がまとめられており、その中に地蔵菩薩が主尊の庚申塔が安置されています。塔身は大きく損壊していた痕跡が認められます。
地蔵菩薩像庚申塔
御尊容(立像、一面二臂、舟形光背型)、その他像容・彫像(宝珠、錫杖)
武蔵野大学前交差点の北側、西東京市との境に石橋供養塔と並んで1基の文字庚申塔が安置されています。
文字庚申塔

頂面に3つの穴が見られます。盃状穴かは分かりません(形状的に怪しい)。
石橋供養塔
東急田園都市線梶が谷駅からほど近いところに庚申塔を納めた小堂が建っています。側面の銘文から大山道と影向寺を指し示す道標も兼ねて造立されたことが窺えます。
青面金剛像庚申塔(併用道標)


御尊容(立像、合掌一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、三叉戟、矢、宝輪、弓)
二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、正向型三猿像。三猿は邪鬼を囲むような配置です。


