石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

津軽地方の百万遍供養塔 #273(青森市浦町・路傍)

青森県青森市浦町字奥野280-3の路傍(訪問日:令和8年7月23日)

f:id:nagatorowo2:20260813140223j:image橋の北詰に百万遍塔があります。

f:id:nagatorowo2:20260813140226j:image百万遍供養塔(百万遍塔)


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刻銘「明治丗七年旧二月□日立(1904) / 百万偏」

隅丸角柱型

 

所在地 40.806704091831854, 140.7612682469879

無量山正覚寺の巡拝塔(青森市本町1丁目)

青森県青森市本町1丁目1-12の無量山正覚寺(訪問日:令和8年8月30日)

f:id:nagatorowo2:20260826095753j:image駐車場の傍らに民間信仰塔が集められたエリアがあり、そこに巡拝塔も安置されています。青森市内の寺院では珍しい光景です。
f:id:nagatorowo2:20260826095744j:image巡拝塔


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刻銘「明治十一年八月十八日(1878) / 一蓮心 / □無西国三十三所□□秩父三十四所□無坂東三十三□」

原刻字「□無西國三十三所□□秩父三十四所□無坂東三十三□」

自然石型

 

正覚寺の所在地 40.82467511122819, 140.74757892918788

無量山正覚寺の天保飢饉供養塔(青森市本町1丁目)津軽地方の天保飢饉供養塔

青森県青森市本町1丁目1-12の無量山正覚寺(訪問日:令和8年8月30日)

f:id:nagatorowo2:20260826092149j:image本堂裏手の歴代住職墓に徳本名号塔を思わせる独特な六字名号塔が安置されています。その向かって左側面に「巳年以来飢渇疫癘死亡精霊回向」と鐫刻されていることから、天保4年より猖獗を極めた天保の大飢饉の死亡者を弔うため建てられた天保飢饉供養塔と推定されます。

なお、正覚寺は元禄の大飢饉のみぎり、弘前藩より餓死者のための施餓鬼法要を執り行うよう命を受けていたお寺でもあります。恐らく、本塔の願主として名が見える良鼓上人(正覚寺三十三世懸蓮社良鼓意全。藩の年頭御目見を許された名僧)も、天保の大飢饉の餓死者たちを悼んで法要を行っていたことでしょう。

f:id:nagatorowo2:20260826092153j:image天保飢饉供養塔


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刻銘「天保十一庚子年八月十有五日(1840) / 当山三十三主良鼓 / 御国家安全五穀成就常行念仏七千日供養塔 / 巳年以来飢渇疫癘死亡精霊回向願以此功徳平等施一切同発菩提心往生安楽国 /  神力演大光普照無際土消除三垢冥広済衆厄難 / 南無阿弥陀仏」

原刻字「當山三十三主良鼓 / 御國家安全五穀成就常行念佛七千日供養塔 / 巳年以來飢渇疫癘死亡精㚑回向願以此功德平等施一切同發菩提心往生安樂國 / 神力演大光普照無際土消除三垢冥廣濟衆厄難 / 南無阿弥陀佛」

隅丸角柱型(櫛型)

 

正覚寺の所在地 40.82467511122819, 140.74757892918788

津軽地方の百万遍供養塔 #272(青森市本町1丁目・正覚寺)

青森県青森市本町1丁目1-12の無量山正覚寺(訪問日:令和8年8月30日)

f:id:nagatorowo2:20260826095640j:image巡拝塔の脇に百万遍塔もあります。

f:id:nagatorowo2:20260826095644j:image百万遍供養塔(百万遍塔)

刻銘「(紀年銘不詳) / 百万遍」

原刻字「百萬遍」

櫛型

法量(cm):63、25、18

 

正覚寺の所在地 40.82467511122819, 140.74757892918788

無量山正覚寺の廻国供養塔2基(青森市本町1丁目)

青森県青森市本町1丁目1-12の無量山正覚寺(訪問日:令和8年8月30日)

f:id:nagatorowo2:20260826090452j:image本堂裏手の歴代住職墓に廻国供養塔が2基安置されています。そのうちの1基は笠付角柱型で、青森市内では2例目の確認となります。

f:id:nagatorowo2:20260826090455j:image六十六部廻国供養塔①
f:id:nagatorowo2:20260826090500j:image正面の刻銘「奉納大乘玅典日本廻國供養塔 / 願主青森住佐藤傳四郎 / 天下和順日月清明」

向かって右面の刻銘「安永四乙未歳(1775)」

向かって左面の刻銘「九月十五日」

隅丸角柱型(櫛型)


f:id:nagatorowo2:20260826090446j:image六十六部廻国供養塔(六字名号塔)②

正面の刻銘「正徳四甲午年四月□日(?)(1714) / 願(?)主(?) / 南無阿弥陀佛 / 奉納大乗玅典六十六部供養」

笠付角柱型

 

正覚寺の所在地 40.82467511122819, 140.74757892918788

茨城県の庚申塔 #25(猿島郡五霞町川妻・川妻一色神社)

茨城県猿島郡五霞町川妻56の一色神社(訪問日:令和4年8月16日)

f:id:nagatorowo2:20250614223134j:image社殿の背後に計4基の石仏石塔を祀った合祀社が建っています。順番はバラバラに掲載します。
f:id:nagatorowo2:20250614223117j:image青面金剛像庚申塔

刻銘「(紀年銘不詳) / 総州関宿領川妻村同行四十七人」※紀年銘は未確認。像容および塔型から江戸初期、元禄前後の作と思われる。

原字「総州関宿領川妻村同行四拾七人」
f:id:nagatorowo2:20250614223113j:image御尊容(立像、一面六臂、板駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、宝剣、ショケラ、宝輪、羂索、三叉戟、大蛇+宝棒)
f:id:nagatorowo2:20250614223110j:image二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、標準型三猿像

「庚申社」と墨書された扁額が供えられていたことから、もとは境内か他所に庚申社が独立して建っていたと思われます。


f:id:nagatorowo2:20250614223131j:image文字庚申塔(青面金剛塔)


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刻銘「寛政十二庚申歳六月朔日建之(1800) / 大青面金剛」

角柱型


f:id:nagatorowo2:20250614223120j:image三社大権現塔

刻銘「寛政六甲寅正月吉祥日(1794) / 御普請三社大権現」

角柱型


f:id:nagatorowo2:20250614223107j:image水神塔
f:id:nagatorowo2:20250614223104j:image刻銘「平成二十八年度(2016) / 川妻役員一同 / 水神宮」

自然石型

 

川妻一色神社の所在地

東京都市部の庚申塔 #113(清瀬市野塩1丁目・小堂)

東京都清瀬市野塩1丁目356-9の小堂(訪問日:令和7年9月11日)

f:id:nagatorowo2:20250916011825j:image野塩の三叉路脇に簡易的な覆屋に守護される青面金剛像庚申塔が安置されています。ここが原位置かは不明です。

f:id:nagatorowo2:20250916011829j:image「お供え物やお花などは、個人へのお気持ちと共にお持ち帰りください。」と記した張り紙が掲示されていました。

f:id:nagatorowo2:20250916011818j:image青面金剛像庚申塔


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刻銘「天明六丙午年春三月十六日(1786) / 武州多摩郡野塩村講中二十六人同村中 / 天下泰平国家安全 / 願以此功徳普及於一切我等与衆生皆共成仏道」

原刻字「武州多摩郡野鹽村講中二十六人同村中 / 天下泰平國家安全 / 願以此功徳普及於一切我等與衆生皆共成佛道」
f:id:nagatorowo2:20250916011754j:image御尊容(立像、剣人一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、大蛇、宝剣、ショケラ、三叉戟、矢、宝輪、弓)
f:id:nagatorowo2:20250916011804j:image二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、内向型三猿像

 

小堂の所在地 35.77951858259481, 139.50199678193636

神奈川県の庚申塔 #139(相模原市南区上鶴間本町1丁目・青柳商店本社ビル前)

神奈川県相模原市南区上鶴間本町1丁目38-24の青柳商店本社ビル前(訪問日:令和7年6月4日)

f:id:nagatorowo2:20250605180550j:image谷口交差点の脇、株式会社青柳商店の本社ビルの手前に小堂が建立されています。脇には新造された題目塔があります。
f:id:nagatorowo2:20250605180609j:image堂内を拝見すると青面金剛主尊の庚申塔と石灯籠が納められているのが分かります。両基とも状態が良く保たれており、野晒しであった期間が短かったか古くから堂内でお祀りされていた可能性が窺えます。

f:id:nagatorowo2:20250605180605j:image青面金剛像庚申塔
f:id:nagatorowo2:20250605180601j:image刻銘「享保二丁酉年十一月十九日(1717) / 奉造立庚申供養」
f:id:nagatorowo2:20250605180554j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、唐破風笠付角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、矢、弓)
f:id:nagatorowo2:20250605180617j:image標準型三猿像


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堂内外にはそれぞれ「庚申堂」と掘り込まれた扁額が掲げてあります。外に掛けてあるものは右書きです。
f:id:nagatorowo2:20250605180535j:image堂の建立に携わった方々と志納金を記した額も堂内の向かって右側に掲示してあります。


庚申堂の所在地

奈良県の庚申塔 #11(橿原市出垣内町・路傍)

奈良県橿原市出垣内町105の路傍(訪問日:令和6年11月6日)

f:id:nagatorowo2:20241105224202j:image路傍に役行者石仏や地蔵菩薩塔と並んで自然石型庚申塔が置かれています。灯籠的な役割を果たしているようです。
f:id:nagatorowo2:20241105224157j:image文字庚申塔
「(紀年銘不詳) / 庚申」

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲、火袋)


所在地 34.509660776868465, 135.82285982478808

奈良県の庚申塔 #10(橿原市縄手町・大日堂向かい)

奈良県橿原市縄手町223(大日堂向かい)(訪問日:令和6年10月6日)

f:id:nagatorowo2:20241107145430j:image大日堂を正面から。

f:id:nagatorowo2:20241107145426j:image正明寺大日堂の向かいに子安地蔵尊があり、そこに隣接する建物の敷地内に庚申塔が置かれています。

f:id:nagatorowo2:20241107145435j:image文字庚申塔

刻銘「(紀年銘不詳) / 庚申」

自然石型、彫像(日天月天)

 

大日堂の所在地 34.503011320637356, 135.7990277667464