石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

茨城県の庚申塔 #25(猿島郡五霞町川妻・川妻一色神社)

茨城県猿島郡五霞町川妻56の一色神社(訪問日:令和4年8月16日)

f:id:nagatorowo2:20250614223134j:image社殿の背後に計4基の石仏石塔を祀った合祀社が建っています。順番はバラバラに掲載します。
f:id:nagatorowo2:20250614223117j:image青面金剛像庚申塔

刻銘「(紀年銘不詳) / 総州関宿領川妻村同行四十七人」※紀年銘は未確認。像容および塔型から江戸初期、元禄前後の作と思われる。

原字「総州関宿領川妻村同行四拾七人」
f:id:nagatorowo2:20250614223113j:image御尊容(立像、一面六臂、板駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、宝剣、ショケラ、宝輪、羂索、三叉戟、大蛇+宝棒)
f:id:nagatorowo2:20250614223110j:image二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、標準型三猿像

「庚申社」と墨書された扁額が供えられていたことから、もとは境内か他所に庚申社が独立して建っていたと思われます。


f:id:nagatorowo2:20250614223131j:image文字庚申塔(青面金剛塔)


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刻銘「寛政十二庚申歳六月朔日建之(1800) / 大青面金剛」

角柱型


f:id:nagatorowo2:20250614223120j:image三社大権現塔

刻銘「寛政六甲寅正月吉祥日(1794) / 御普請三社大権現」

角柱型


f:id:nagatorowo2:20250614223107j:image水神塔
f:id:nagatorowo2:20250614223104j:image刻銘「平成二十八年度(2016) / 川妻役員一同 / 水神宮」

自然石型

 

川妻一色神社の所在地

東京都市部の庚申塔 #113(清瀬市野塩1丁目・小堂)

東京都清瀬市野塩1丁目356-9の小堂(訪問日:令和7年9月11日)

f:id:nagatorowo2:20250916011825j:image野塩の三叉路脇に簡易的な覆屋に守護される青面金剛像庚申塔が安置されています。ここが原位置かは不明です。

f:id:nagatorowo2:20250916011829j:image「お供え物やお花などは、個人へのお気持ちと共にお持ち帰りください。」と記した張り紙が掲示されていました。

f:id:nagatorowo2:20250916011818j:image青面金剛像庚申塔


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刻銘「天明六丙午年春三月十六日(1786) / 武州多摩郡野塩村講中二十六人同村中 / 天下泰平国家安全 / 願以此功徳普及於一切我等与衆生皆共成仏道」

原刻字「武州多摩郡野鹽村講中二十六人同村中 / 天下泰平國家安全 / 願以此功徳普及於一切我等與衆生皆共成佛道」
f:id:nagatorowo2:20250916011754j:image御尊容(立像、剣人一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、大蛇、宝剣、ショケラ、三叉戟、矢、宝輪、弓)
f:id:nagatorowo2:20250916011804j:image二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、内向型三猿像

 

小堂の所在地 35.77951858259481, 139.50199678193636

神奈川県の庚申塔 #139(相模原市南区上鶴間本町1丁目・青柳商店本社ビル前)

神奈川県相模原市南区上鶴間本町1丁目38-24の青柳商店本社ビル前(訪問日:令和7年6月4日)

f:id:nagatorowo2:20250605180550j:image谷口交差点の脇、株式会社青柳商店の本社ビルの手前に小堂が建立されています。脇には新造された題目塔があります。
f:id:nagatorowo2:20250605180609j:image堂内を拝見すると青面金剛主尊の庚申塔と石灯籠が納められているのが分かります。両基とも状態が良く保たれており、野晒しであった期間が短かったか古くから堂内でお祀りされていた可能性が窺えます。

f:id:nagatorowo2:20250605180605j:image青面金剛像庚申塔
f:id:nagatorowo2:20250605180601j:image刻銘「享保二丁酉年十一月十九日(1717) / 奉造立庚申供養」
f:id:nagatorowo2:20250605180554j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、唐破風笠付角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、矢、弓)
f:id:nagatorowo2:20250605180617j:image標準型三猿像


f:id:nagatorowo2:20250605180613j:image

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堂内外にはそれぞれ「庚申堂」と掘り込まれた扁額が掲げてあります。外に掛けてあるものは右書きです。
f:id:nagatorowo2:20250605180535j:image堂の建立に携わった方々と志納金を記した額も堂内の向かって右側に掲示してあります。


庚申堂の所在地

奈良県の庚申塔 #11(橿原市出垣内町・路傍)

奈良県橿原市出垣内町105の路傍(訪問日:令和6年11月6日)

f:id:nagatorowo2:20241105224202j:image路傍に役行者石仏や地蔵菩薩塔と並んで自然石型庚申塔が置かれています。灯籠的な役割を果たしているようです。
f:id:nagatorowo2:20241105224157j:image文字庚申塔
「(紀年銘不詳) / 庚申」

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲、火袋)


所在地 34.509660776868465, 135.82285982478808

奈良県の庚申塔 #10(橿原市縄手町・大日堂向かい)

奈良県橿原市縄手町223(大日堂向かい)(訪問日:令和6年10月6日)

f:id:nagatorowo2:20241107145430j:image大日堂を正面から。

f:id:nagatorowo2:20241107145426j:image正明寺大日堂の向かいに子安地蔵尊があり、そこに隣接する建物の敷地内に庚申塔が置かれています。

f:id:nagatorowo2:20241107145435j:image文字庚申塔

刻銘「(紀年銘不詳) / 庚申」

自然石型、彫像(日天月天)

 

大日堂の所在地 34.503011320637356, 135.7990277667464

東京都市部の庚申塔 #112(三鷹市井の頭4丁目・井の頭弁財天大盛寺)

東京都三鷹市井の頭4丁目1の井の頭弁財天大盛寺(訪問日:令和8年3月29日)

f:id:nagatorowo2:20260402133030j:image井の頭弁財天境内の七井不動尊に恐らく近代以降に造立された庚申の文字塔が置かれています。

f:id:nagatorowo2:20260402133021j:image文字庚申塔

刻銘「(紀年銘不詳) / 庚申」

平頭角柱型

 

おまけ
f:id:nagatorowo2:20260402133024j:image宇賀弁才天坐像塔(造立年不詳)
f:id:nagatorowo2:20260402133027j:image宇賀神像塔(明和四年銘)

 

井の頭弁財天の所在地 35.69956371786414, 139.57458369859705

埼玉県の庚申塔 #154(さいたま市中央区鈴谷5丁目・路傍)

埼玉県さいたま市中央区鈴谷5丁目6-12の路傍(訪問日:令和8年3月22日)

f:id:nagatorowo2:20260529232026j:image個人宅前に植木鉢などと並んで1基の庚申塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260529232035j:image青面金剛像庚申塔


f:id:nagatorowo2:20260529232038j:image

f:id:nagatorowo2:20260529232032j:image

刻銘「寛政十一未年十一月吉日(1799) / 鈴谷村願主光善」
f:id:nagatorowo2:20260529232042j:image御尊容(立像、剣人一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、宝剣、ショケラ、三叉戟、矢、宝輪、弓)
f:id:nagatorowo2:20260529232029j:image二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、内向型三猿像

 

所在地

35.873614484249984, 139.6291955886765

神奈川県の庚申塔 #138(川崎市高津区下作延7丁目・圓福寺)

神奈川県川崎市高津区下作延7丁目10-1の圓福寺(訪問日:令和8年4月3日)

f:id:nagatorowo2:20260405225214j:image墓地へと続く石段の脇に無縁仏がまとめられており、その中に地蔵菩薩が主尊の庚申塔が安置されています。塔身は大きく損壊していた痕跡が認められます。

f:id:nagatorowo2:20260405225211j:image地蔵菩薩像庚申塔

刻銘「元禄十二己卯天三月十日(1699) / 武州橘郡作延村敬白 / 大河市郎兵衛(ほか交名5名略) / 為申供養奉造立地蔵菩薩」※青文字は推定。

原刻字「庚申供羪奉造立地藏菩薩」
f:id:nagatorowo2:20260405225208j:image御尊容(立像、一面二臂、舟形光背型)、その他像容・彫像(宝珠、錫杖)

 

円福寺の所在地 35.60353911104698, 139.6047685589584

東京都市部の庚申塔 #111(武蔵野市八幡町3丁目・路傍)

東京都武蔵野市八幡町3丁目8-7の路傍(訪問日:令和8年3月29日)

f:id:nagatorowo2:20260502221644j:image武蔵野大学前交差点の北側、西東京市との境に石橋供養塔と並んで1基の文字庚申塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260502221622j:image文字庚申塔


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刻銘「天保十一庚子年二月吉日(1840) / 願主 / 庚申塔」
f:id:nagatorowo2:20260502221626j:image頂面に3つの穴が見られます。盃状穴かは分かりません(形状的に怪しい)。


f:id:nagatorowo2:20260502221634j:image石橋供養塔

刻銘「天保十二辛丑年八月吉辰(1841) / 惣村中 / □□忠左衛門(ほか交名1名略) / 万四方近之求□〜□ / 石橋供養塔」※青文字は推定。

原刻字「萬四方近遠之求□〜□」

山状角柱型


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解説板 石橋供養塔
 街道と千川上水が交わるこの地に、古くから橋が架けられていた。この橋は井口橋と称し、修補を加えながら人びとに利用されてきたが、天保十二年(一八四一)八月に至り、関前村々民の総意に基づき、さらに近隣諸村の助成を得て石橋に架け替えられた。この石橋供養塔は、その完成を記念するとともに、石橋を供養するために建てられたものである。橋の供養は悪霊の侵入を防ぎ、神を慰めるとの願いを込めたもので、これにより当時の人びとの橋に対する思いの一端が知られる。本市内ではこの種の供養塔は現存する唯一のものである。
 なお、かたわらの庚申塔については、制作年代が天保十一年(一八四〇)二月であること以外、願主の名前・由来などの詳細がまったく不明であることを付記しておく。
平成十四年十月
武蔵野市教育委員会

 

所在地 35.716701572097136, 139.5495507503507

神奈川県の庚申塔 #137(川崎市高津区末長1丁目・小堂)

神奈川県川崎市高津区末長1丁目50-26の小堂(訪問日:令和7年4月3日)

f:id:nagatorowo2:20260405224523j:image東急田園都市線梶が谷駅からほど近いところに庚申塔を納めた小堂が建っています。側面の銘文から大山道と影向寺を指し示す道標も兼ねて造立されたことが窺えます。

f:id:nagatorowo2:20260405224539j:image青面金剛像庚申塔(併用道標)


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刻銘「宝暦十二壬午四月吉日(1762) / 施主下作延村 / 越水沖右衛門(ほか交名6名略)」

道標銘「右大山道 / 左やうかうじ道」
f:id:nagatorowo2:20260405224536j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、三叉戟、矢、宝輪、弓)
f:id:nagatorowo2:20260405224526j:image二鶏像(牡牝一対)、一邪鬼像、正向型三猿像。三猿は邪鬼を囲むような配置です。

 

小堂の所在地 35.59417554148386, 139.60343563524626