石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

津軽地方の百万遍供養塔 #290(つがる市木造善積・路傍)

青森県つがる市木造善積字高田2付近の路傍(訪問日:令和5年9月15日)

f:id:nagatorowo2:20260910021915j:image県道164号、162号の交点に地蔵堂があり、その脇に百万遍供養塔が佇んでいます。本塔は青森県西北地域連携事務所のプロジェクト「縁joy津軽マップ」にも登録されています。

f:id:nagatorowo2:20260910021912j:image百万遍供養塔(百万遍塔)

刻銘「明治三十二年旧九月三日(1899) / 小山内庄左エ門(ほか交名2名略) / 百万遍」

自然石型

 

所在地 40.85652550712044, 140.3640561126642

十九夜念仏和讃を刻んだ十九夜塔(幸手市神明内・路傍)

埼玉県幸手市神明内326の路傍(訪問日:令和7年7月27日)

f:id:nagatorowo2:20250728022119j:image少年サッカー場入口バス停から歩いて1分ほどのところに、1基の石仏を祀った覆屋が建っています。鎮座地は近年、区画整理が行われた模様です。

この石仏は台石正面に十九夜念仏和讃と呼ばれる和讃を崩し字で刻んでいる貴重なものです。女人信仰を知る上で重要な本塔ですが、このような十九夜塔はこの世に10基と満たないとのこと(日本石仏協会の知人の示教による)。

f:id:nagatorowo2:20250728022128j:image

解説板 如意輪観世音菩薩
文化四年(一八〇七)
小野拾三良 建立
 平成九年八月号「広報さって」に掲載されたこ の如意輪観世音菩薩は、かつて道しるべとして重 要な役割を果たしてきたもののようです。
また一方には女性の佛様として、当時「十九夜講」 「十九夜様」と親しまれ、女性の心のよりどころに信仰をあつめたものです。
 石塔にしるされた文は、まさに当時の女性の救済を、この観世音に託している様子がわかります。 この程、交通安全と道ゆく多くの人々にふれあいを求めこの位置に鎮座しました。
平成十七年八月吉日
小野家

 

解説板の言う通り、『広報さって』第400号(平成9年8月1日発行)には本塔が写真付きで掲載され、簡単な文章とともに紹介されています。こちらも引用いたします。

 「月待ち講」の一つです。また、「十九夜様」と親しみを込めて呼ばれることもあり、女性の神様であるとも言われています。

 刻まれた文を読んでいくと、月経のつらさを少しでもやわらげたいと思う女性の願いが伝わってきます。その祈りは「如意輪観世音」という石の観音様に託されているのです。

 女性の切なる祈りが込められたこの石塔には、もう一つ重要な役目がありました。剥落のため、すべては判読できませんでしたが、台石に「南杉(戸)」「北ごんげん(どう)〔権現堂〕」「西(不明)」の文字があり、未確認だった「道しるべ」と分かりました。この新たな発見も、十九夜様のご加護でしょうか。

 

f:id:nagatorowo2:20250728022310j:image十九夜塔(併用道標)


f:id:nagatorowo2:20250728022138j:image

f:id:nagatorowo2:20250728022142j:image

f:id:nagatorowo2:20250728022134j:image

f:id:nagatorowo2:20250728022131j:image

刻銘「文化四丁卯歳二月吉日(1807) / 武州葛飾郡神明内村両新田 / 小野拾三良 / 帰命頂礼女人こそ憐れ不浄の身をもちて今朝は水晶もにごりみつ月に一度の不浄水せうなの下の井の水であらいながしてその水かつもりたまりて池になるかしゃくの□かあつまりて呑よほせよとせめかける其時十九夜観世音拭い給ふぞありがたき朝な夕なの寝ざめにも忘れまいぞや女人ども」

原刻字「文化四丁夘歳二月吉日(1807) / 武刕葛飾郡神明内村两新田」

御尊容(坐像、一面二臂、丸彫型)

 

所在地 36.07579403157271, 139.7451639111773

津軽地方の庚申塔 #298(弘前市笹舘・笹館八幡宮)

青森県弘前市笹舘字市原54の笹館八幡宮(訪問日:令和8年4月15日)

f:id:nagatorowo2:20260829201808j:image社殿左脇、境内社のそばに3基の石塔が並んでいます。向かって右から猿田彦大神塔、文字庚申塔、二十三夜塔です。

f:id:nagatorowo2:20260829201759j:image文字庚申塔(猿田彦大神塔)①

刻銘「文化五辰年八月廿七日(1808) / 笹館村講中 / 増田小三郎(ほか交名4名略) / 石功佐治郎作之 / 猿田彦太神」五庚申の日造立。石工銘あり。館は⿰片友。

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲)


f:id:nagatorowo2:20260829201812j:image文字庚申塔②

刻銘「嘉永七甲寅歳三月廿一日(1854) / 村中 / 澤田□〜□(ほか交名7名略) / 庚申塚」二庚申の日造立。

原刻字「𭐒永七甲寅歳三月廿一日」

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲)


f:id:nagatorowo2:20260829201804j:image二十三夜塔

刻銘「嘉永七甲寅歳五月廿三日(1854) / 講中 / 二十三夜」三庚申の前日造立。

原刻字「𭐒永七甲寅歳五月廿三日」

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲)

 

笹舘八幡宮の所在地 40.7407693745679, 140.40197136360686

圓照寺の廻国供養塔(新宿区北新宿3丁目)

東京都新宿区北新宿3丁目23-2の圓照寺(訪問日:令和7年3月1日、再訪日:令和8年6月12日)

f:id:nagatorowo2:20260709142954j:image圓照寺本堂左脇の無縁塔に地蔵菩薩主尊の廻国供養塔が安置されています。

f:id:nagatorowo2:20260709142943j:image地蔵菩薩像廻国供養塔(百番供養塔)


f:id:nagatorowo2:20260709142940j:image

f:id:nagatorowo2:20260709142950j:image

f:id:nagatorowo2:20260709142948j:image

f:id:nagatorowo2:20260709142958j:image

f:id:nagatorowo2:20260709143001j:image

台石正面の刻銘「西國坂東秩父廻國供養 / 願主西岸妙保 / 梅亭信女(ほか交名27名略)」

台石向かって左面の刻銘「享保十二丁未天二月十有四日(1727) / 了性院清屋浄閑信士 / 施主野田氏 / 釈賀尼 香光院省我□祐 清岳禅無居士 釈雲清 / 講中二世大願成就」

台石背面の刻銘「願以此功徳普及於一切我等与衆生 皆共成佛道」

台石向かって右面の刻銘「享保十八癸丑歳二月吉日(1733) / 當寺住法印州栄代」

御尊容(立像、一面二臂、丸彫型)、その他像容・彫像(宝珠、錫杖)

 

円照寺の所在地 35.704013039580005, 139.6903193304876

津軽地方の百万遍供養塔 #289(北津軽郡板柳町三千石・路傍)

青森県北津軽郡板柳町三千石字二潟76-11の路傍(訪問日:令和5年9月3日)

f:id:nagatorowo2:20250614173234j:image赤田集落のはずれに百万遍塔が安置されています。塔身には注連縄が巻かれ、草鞋や蓮正院のお札がそれに巻き込まれています。ここでも境を守護する道祖神的な役割を果たしているようです。

そばには後生車が立っています。

f:id:nagatorowo2:20250614173226j:image百万遍供養塔(百万遍塔)

刻銘「昭和二年八月一日(1927) / 有志建之 / 百万遍」

原刻字「百萬遍」

自然石型

 

所在地 40.709045012939235, 140.46135431811888

津軽地方の百万遍供養塔 #288(つがる市木造芦沼・路傍)

青森県つがる市木造芦沼1-1の路傍(訪問日:令和5年9月15日)

f:id:nagatorowo2:20260903013438j:imageそれぞれ化粧が施された大黒様と地蔵様が祀られるお堂の脇に百万遍塔があります。

f:id:nagatorowo2:20260903013422j:image百万遍供養塔(百万遍塔)


f:id:nagatorowo2:20260903013425j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013415j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013432j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013435j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013419j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013412j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013429j:image

f:id:nagatorowo2:20260903013405j:image

刻銘「□〜□年□〜□ / 当村家内安全疫□〜□ / 百万遍供養」刻銘は一部埋没により不明。紀年銘は摩滅により読みづらい。

原刻字「當村家内安全疫□〜□ / 百萬遍供羪」

自然石型

f:id:nagatorowo2:20260903013409j:image蝋燭立てはコーヒー缶を再利用して作られていました。

 

所在地 40.82484942554045, 140.40350990391227

湯沢町の石塔苑の民間信仰塔群(南魚沼郡湯沢町湯沢1丁目)新潟県の庚申塔 #7

新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢1丁目1917の石塔苑(訪問日:令和6年9月29日)

f:id:nagatorowo2:20260914003325j:image越後湯沢駅の東方200メートルあまりの地点にたくさんの民間信仰塔が集約された場所「石塔苑」があります。

f:id:nagatorowo2:20260914003333j:image

解説板 石塔苑の由来
この石塔苑は湯沢の歴史を伺う事の出来る大変貴重な、有り難い神様であります。
一番古くは庚申塔の宝暦十年(一七六〇年)のものから始まり五塔と風神様(一八四一年)二十三夜塔(一八五〇年)弁天様(一八六六年)上宿愛宕地蔵(年不明)天王様(年不明)とでなり、上宿五町内(石白・一之町・駅通り・上中・谷地)五町内とで毎年五月四日より八月末日間に祈願祭を実施し、家内安全、健康、無災害を祈願してる、大変ご利益のある石塔苑様であります。
上宿五町内会

 


f:id:nagatorowo2:20260914003201j:image文字庚申塔①
f:id:nagatorowo2:20260914003133j:image刻銘「昭和五十五年四月吉祥日(1980) / 建立上湯沢 / 庚申」

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲)


f:id:nagatorowo2:20260914003220j:image文字庚申塔②

刻銘「(紀年銘不詳) / 庚申塔」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260914003227j:image文字庚申塔③
f:id:nagatorowo2:20260914003149j:image刻銘「大正九年三月建之(1920) / 庚申」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260914003300j:image文字庚申塔④


f:id:nagatorowo2:20260914003257j:image

f:id:nagatorowo2:20260914003312j:image

刻銘「時寛政十二庚申年(1800) / 当村中敬白 / 庚申塔」

原刻字「當村中敬白」

山状角柱型


f:id:nagatorowo2:20260914003250j:image青面金剛像庚申塔

刻銘「(銘不詳)」
f:id:nagatorowo2:20260914003315j:image御尊容(立像、合掌一面八臂、角柱型(元笠付角柱型ヵ))、その他像容・彫像(矢、宝棒、弓、羂索、宝輪)
f:id:nagatorowo2:20260914003204j:image正向型三猿像


f:id:nagatorowo2:20260914003236j:image文字庚申塔⑤

刻銘「(紀年銘不詳) / 庚申」紀年銘は地衣類に覆われており不明。

板碑型、彫像(開敷蓮華)


f:id:nagatorowo2:20260914003240j:image六十六部廻国供養塔
f:id:nagatorowo2:20260914003156j:image刻銘「安永二年癸巳正月吉辰(1773) / 湯沢住□〜□右衛門 / 奉納秩父西国坂東大乗妙典供養塔 / 〈サク種子〉」

原刻字「安永貮年癸巳正月吉辰 / 奉納秩父西國坂東大乘妙典供羪塔」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260914003322j:image巡拝塔


f:id:nagatorowo2:20260914003110j:image

f:id:nagatorowo2:20260914003139j:image

f:id:nagatorowo2:20260914003123j:image

刻銘「壬嘉永五子年五月朔日(1852) / 西国秩父坂東神社仏閣供養塔 / 〈キリーク・カーン・キャ種子〉」句が刻まれているが判読できず。

原刻字「西國秩父坂東神社佛閣供羪塔」

f:id:nagatorowo2:20260914003119j:image自然石型、彫像(樹、蓮華座)

f:id:nagatorowo2:20260914003306j:image太子講供養塔


f:id:nagatorowo2:20260914003243j:image

f:id:nagatorowo2:20260914003223j:image

刻銘「明治廿七年五月上吉(1894) / 聖徳皇太子」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260914003253j:image風神像。詳しい由来はXにて投稿済みなのでそちらに代えさせていただきます。

 

f:id:nagatorowo2:20260914003144j:image風神塔(風神像塔)
f:id:nagatorowo2:20260914003113j:image刻銘「天保十三壬寅年五月吉日(1833)」
f:id:nagatorowo2:20260914003210j:image御尊容(立像、一面二臂、隅丸角柱型)、彫像(雲、風袋)


f:id:nagatorowo2:20260914003207j:image二十三夜塔3基

f:id:nagatorowo2:20260914003303j:image石祠3基

f:id:nagatorowo2:20260914003247j:image馬頭観音塔群

f:id:nagatorowo2:20260914003128j:image丸彫地蔵菩薩坐像塔(愛宕地蔵尊)

 

石塔苑の所在地 36.93485483428524, 138.8130172278607

魚沼神社の民間信仰塔群(南魚沼郡湯沢町神立)新潟県の庚申塔 #6

新潟県南魚沼郡湯沢町神立487の魚沼神社(訪問日:令和6年9月29日)

f:id:nagatorowo2:20260911235803j:image鳥居の前に実に多種多様な民間信仰塔が安置されています。向かって左の石塔から順に掲載します。

f:id:nagatorowo2:20260911235740j:image青面金剛像庚申塔①
f:id:nagatorowo2:20260911235743j:image刻銘「元禄五壬□〜□(1692)」
f:id:nagatorowo2:20260911235646j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、笠付角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、宝剣、大蛇、弓、羂索)
f:id:nagatorowo2:20260911235726j:image正向型二猿像と二鶏像(牡牝一対)


f:id:nagatorowo2:20260911235655j:image青面金剛像庚申塔②


f:id:nagatorowo2:20260911235838j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235819j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235835j:image

刻銘「寛政十二年四月(1800) / 林家町村中」

f:id:nagatorowo2:20260911235722j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、山状角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、矢、大蛇、弓、羂索)
f:id:nagatorowo2:20260911235734j:image二鶏像(牡牝一対)と雑型三猿像。三猿のうち1匹は鶏に乗っています。


f:id:nagatorowo2:20260911235749j:image文字庚申塔①
f:id:nagatorowo2:20260911235829j:image刻銘「安政七庚申年夷則吉旦(1860) / 願主当村衆中 / 庚申供養塔」

原刻字「願主當村衆中 / 庚申供羪塔」

山状角柱型、彫像(日天月天)


f:id:nagatorowo2:20260911235639j:image文字庚申塔②
f:id:nagatorowo2:20260911235737j:image刻銘「安政三丙辰十月吉旦(1856) / (交名略) / 庚申塔」

隅丸角柱型


f:id:nagatorowo2:20260911235822j:image文字庚申塔③


f:id:nagatorowo2:20260911235707j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235746j:image

刻銘「昭和五十五年三月建之(1980) / 剣持越峰謹書 / 庚申」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260911235649j:image文字庚申塔④


f:id:nagatorowo2:20260911235719j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235816j:image

刻銘「大正九年三月吉日(1920) / 円覚宗演書〈花押〉 / 庚申」

原刻字「圓覺宗演書〈花押〉」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260911235826j:image六十六部廻国供養塔
f:id:nagatorowo2:20260911235755j:image正面の刻銘「諸國神社佛閣納経供養塔」

背面の刻銘「元治元子年十月吉日(1864) / 小原村願主南雲団右エ門(南雲国右エ門ヵ)」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260911235636j:image太子講供養塔
f:id:nagatorowo2:20260911235658j:image刻銘「元禄十三庚辰年十月吉日(1700)」
f:id:nagatorowo2:20260911235850j:image御尊容(立像、角柱型)


f:id:nagatorowo2:20260911235710j:image役小角塔
f:id:nagatorowo2:20260911235847j:image刻銘「安永九庚子年五月日(1780) / 当村中 / 役小角大士」

原刻字「當村中」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260911235810j:image二十三夜塔①


f:id:nagatorowo2:20260911235713j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235652j:image

刻銘「明治廿七甲午年七月日(1894) / 願主宮林南雲染吉建之三十二歳 / 二十三夜塔」

自然石型


f:id:nagatorowo2:20260911235854j:image二十三夜塔②


f:id:nagatorowo2:20260911235841j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235752j:image

刻銘「旹天明三癸卯年姑洗摩訶吉祥日(1783) / 願主当村衆中 / 二十三夜供養塔」

原刻字「願主當村衆中 / 二十三夜供羪塔」

山状角柱型


f:id:nagatorowo2:20260911235643j:image金毘羅講供養塔

刻銘「明治廿二丑七月吉日(1889) / 南雲仲蔵立 / 金毘羅神社」

原刻字「南雲仲藏立」

自然石型、彫像(日天月天、瑞雲)


f:id:nagatorowo2:20260911235702j:image巡拝塔


f:id:nagatorowo2:20260911235716j:image

f:id:nagatorowo2:20260911235704j:image

刻銘「昭和八年十月吉日(1933) / 南雲作太郎七十一歳 / 西国秩父坂東観音霊場参拝供養塔」

原刻字「南雲作太郎七拾壹歳 / 西國秩父坂東觀音靈場參拜供養塔」

山状角柱型


f:id:nagatorowo2:20260911235844j:image経典供養塔(観音経供養塔)
f:id:nagatorowo2:20260911235728j:image刻銘「維時明治十八酉年九月吉旦(1885) / 小原村願主南雲弥右エ門 / 奉読誦高王白衣観音経一万辺供養塔」

原刻字「小原村願主南雲彌右エ門 / 奉讀誦髙王白衣觀音經一万辺供羪塔」

隅丸角柱型

f:id:nagatorowo2:20260911235813j:image山神塔(深山大権現塔)

刻銘「(紀年銘不詳) / 深山大権現」

自然石型

 

魚沼神社の所在地 36.93191154383235, 138.82078576939247

埼玉県の庚申塔 #157(加須市外記新田・鷲神社)

埼玉県加須市外記新田14の鷲神社(訪問日:令和3年11月20日)

f:id:nagatorowo2:20260912012034j:image社殿左手前に石仏石塔がまとめ置かれています。

f:id:nagatorowo2:20260912012030j:image青面金剛像庚申塔①

刻銘「享保三戊戌歳十一月朔日(1718) / 武州崎玉郡川辺領外記村」

原刻字「武州﨑玉郡川邊領外記村」

御尊容(立像、剣人一面六臂、板駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、天衣、三叉戟、矢、宝輪、弓、二鶏(牡牝一対)、一邪鬼、内向型三猿)


f:id:nagatorowo2:20260912012027j:image青面金剛像庚申塔②

刻銘「延宝六戊午天九月廿二日(1678) / 外記新田 / 奉庚申供養講中安楽之所」五庚申の日造立。

御尊容(立像、剣索一面二臂、舟形光背型)、その他像容・彫像(宝剣、羂索、正向型三猿)

加須市琴寄の庚申塔と同じく一面二臂像かつ持物が宝剣と羂索と、作風が似通っています。


f:id:nagatorowo2:20260912012023j:image五智如来像六十六部廻国供養塔

正面の刻銘「享保九甲辰天十月吉日(1724) / 武蔵國﨑玉郡大田庄栗橋川邊外記村 / 願主坂田七平法名栄□(信ヵ) / 天下泰平國土安全 / 奉納大乘妙典六十六部日本廻國供養 / 〈ア種子〉」

隅丸角柱型
f:id:nagatorowo2:20260912012019j:image御尊容。五智如来が主尊の廻国供養塔は本記事執筆時点では全国に2基のみだそうで、非常に貴重です。


f:id:nagatorowo2:20260912012016j:image十九夜塔


f:id:nagatorowo2:20260912012012j:image地蔵菩薩像光明真言念仏供養塔

 

鷲神社の所在地 36.15287915766798, 139.6744367062687

神奈川県の庚申塔 #143(座間市新田宿・諏訪明神)

神奈川県座間市新田宿288の諏訪明神(訪問日:令和6年2月9日)

f:id:nagatorowo2:20240305203437j:image境内の玉垣に沿って石塔が並んでいます。左端の2基のみ掲載します。

f:id:nagatorowo2:20240305203432j:image文字庚申塔
f:id:nagatorowo2:20240305203428j:image刻銘「弘化二乙巳年三月吉日(1845) / 新田宿村講中 / 庚申塔」

山状角柱型、彫像(日天月天、瑞雲、正向型三猿)

ちなみに、この周辺では昭和の初め頃まで庚申講があったそうです。


f:id:nagatorowo2:20240305203425j:image富士講碑(富士講供養塔)

刻銘「天保十二辛丑年正月吉日(1841) / 新田宿 / 村中安全 / 天下泰平五穀成熟 / 富士山」

山状角柱型、彫像(日天月天ヵ、瑞雲)

 

諏訪明神社の所在地 35.48367207155362, 139.38505705372742