愛知県名古屋市緑区鳴海町字根古屋の円道寺(訪問日:2024年8月9日)名鉄鳴海駅から鳴海街道を北上するとゆるやかな坂に差し当たります。こちらは通称「庚申坂」と呼ばれています。上がりきったところに円道寺という仏教寺院があります。
円道寺さんは現在でも庚申講を行っている、全国的に見ても稀有なお寺さんです。坂の中途、聖観世音菩薩堂のそばに「庚申坂(こうしんざか)」と文字を刻んだ標石がありました。駒型に整形され、日天月天および三猿の像が線彫りしてあるので、一般的な文字庚申塔が壁に埋め込まれているように見えます。さらに坂を上がっていくと「奉納 青面金剛明王 願主〇〇」とプリントされた幟がいくつも立ち並んでいました。円道寺まではもうすぐです。幟が途切れたところで寺の山門に辿り着きました。手すり付きの石段をのぼります。
その前に、山門そばに掲示された解説板がありましたので、そちらも紹介します。他所の庚申信仰を記した由来書などよりもかなり詳細な記述です。
※宝歴=宝暦
可愛らしい不見猿・不言猿・不聞猿も描かれています。山門右脇の寺号標。「曹洞宗庚申山圓道寺」と金文字で揮毫。その手前に傘付きのくくり猿の一連。5匹吊るされており、上から下にかけてマトリョーシカの如くだんだんと小さい個体になっています。山門軒下には松の木の下で腰掛ける三猿を彫った額があります。腕のある彫刻家の作と思われます。山門をくぐるとすぐ右手には本堂があります。大変立派な建物です。本堂正面。先ほどと同じタイプのくくり猿が一対で吊るされています。こちらの方が全体的にやや大きめです。「庚申山」扁額。揮毫者と思しき文字も見えますが、達筆すぎて「宇宙・・省・・」以外読み取れません。本堂の向かって左側には青面金剛像庚申塔が置かれています。
この庚申塔は以前の記事で掲載しました。
▼以前の記事
そばの看板には「青面金剛明王(庚申さま)」と記されています。塔の右脇にはくくり猿塚があります。あるのが当たり前のように述べましたが、私自身、初めて見ました。
看板によると「願いのかなったお守りを入れてください。賽銭は、本堂正面の小窓から入れてください。」だそうです。
塔の左脇の石灯籠は享保六年銘(1721)。庚申御寶前とも刻まれています。他にも影になってはっきりとはしませんが下野風・・と刻まれているような気もします。くくり猿塚、青面金剛像庚申塔、石灯籠を覆うように茂っていたサルスベリの木。猿に因んだ縁起物として植えられたのでしょうか。
庚申霊場だとよく見かける樹木です。本堂前の常香炉。線香を3本立ててくださいとのことだったので、そのとおりにお参りしました。境内隅には多数の絵馬が掲げられていました。
絵柄は不見猿不言猿不聞猿の三猿。可愛らしいニホンザルを模しているようです。また、いずれの絵馬にも「須」の文字が確認できたのですが、これはなんなのでしょう。
本堂遠景。フルサイズでもこれが限界です。上掲の解説板にも記されていました、本堂の屋根の三猿が青い空に映えます。
当時の私は暑さにやられてしまい、個々の猿像を撮るのを忘れてしまったようです。再訪の機会があればリベンジしたいです。
お寺の公式ホームページには高画質の写真が掲載されているので、そちらをご覧ください。
歴代住職墓の手前には弘法堂と秋葉堂。前者には弘法大師の坐像のほか、お地蔵さんや観音さまなどの石仏群が祀られています。両堂の間に置かれた瓦。平成5年の道路拡張に伴う工事でお寺の全面改修が行われたらしいので、これらは昔の本堂に載せられていたものではないかと思います。
お参りを終え、庚申坂へ戻り花井交差点方面へやや進むと当寺の庚申参りと写経の会についてのポスターが掲示されてありました。どちらも気合いの入った素晴らしいデザインです。私も庚申の日にお参りしたいのですが、私も庚申講を催している身のため、また、東京在住ということもあって遠方の当日に遠方の庚申行事の参加は難しいのです。
大都市名古屋で行われているので朝早く新幹線で向かい、参加した後にとんぼ返りすれば間に合わないこともないですが、やはり厳しいものがあります。
でも行きたい。講のあとに振舞われる庚申だんごもいただいてみたい。住職さんから色んな話を伺いたい。そんな葛藤に苛まれています。
円道寺の所在地