神奈川県川崎市高津区下作延4丁目の路傍(訪問日:2024年3月18日)野川柿生線沿い、平瀬川に架かる上之橋の東詰に1基の石塔がたたずんでいます。
こちらは石橋供養塔で、建立に至った経緯や上の橋の由来を今に伝える貴重な石造文化財です。
石橋供養塔
刻銘「慶應三丁卯歳二月吉祥日(1867) / 御地頭所戸田氏 / 天下泰平國土安穏五穀成就萬民豊樂十方他力村中助力 / 石橋供養塔」
近年に建て替えられた台石にも長い銘文が刻まれていました。
台石の刻銘「平瀬川石橋供養塔復元の由来 上の橋は当時橋場と呼稱し地元下作延をはじめ旧向丘村宮前村山内村等の住民の交通上の要路として重要な橋であった 平瀬川の相次ぐ氾濫と事故等により通行中の人が亡くなられた そして老朽化した橋を時の地頭戸田氏の発願により右記の該当地域の有志の賛同を得て架け替えると同時に橋畔に供養塔を犠牲者の冥福を祈って建立されたと伝えられている この度長い歳月をかけて平瀬川の拡幅橋の架替工事が完成されたが工事中供養塔の一部台座が紛失した為当時の原形に復元祭祀するものである / 昭和五十八年十一月吉日(1983) / 供養塔復元発願者木所清次(ほか9名略) / 奉齋」
山状角柱型
所在地