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榎戸の庚申塔(川崎市多摩区登戸・路傍)神奈川県の庚申塔 #71

神奈川県川崎市多摩区登戸の路傍(訪問日:2024年11月10日)f:id:nagatorowo2:20241126145347j:image府中街道沿い、二ヶ領本川に架かる小泉橋の近くにコンクリートブロックの囲いに護られた立派な石塔が建っています。
f:id:nagatorowo2:20241126145412j:imageこちらは「榎戸の庚申塔と呼称されるもので、丸山教が建立に携わった稀有な石造物です。ちなみに丸山教本庁はここから北に500メートルほどのところにあります。
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解説板 榎戸の庚申塔
川崎市地域文化財
この庚申塔は明治3年11月に富士講丸山教の前身)の人達が道中の安全や、村の外から邪悪な物が入り込まないように、また五穀豊穣を祈念して小泉橋の袂に建立されました。
地元では「庚申さま」と呼ばれ親しまれており、現在は登戸新川町会で管理保存、祀られています。
<榎戸の庚申塔
<昭和30年代元旦祭>祝詞奏上とミカン投げ
<平成14年8月・富士登山出立式>
<平成19年元旦祭お祓い>

庚申塔の謂われ>
中国に道教という思想があり庚申信仰もその一つとして、平安時代に我が国に伝わり、江戸時代になると庶民の間にも広まりました。庚申信仰とは、六十日ごとに巡ってくる庚申の夜に眠ってしまうと、人間の体内にいるという「三尸(さんし)の虫」が体内から抜け出して天に昇り、天帝にその人の罪過を報告するので、庚申の夜は眠らずに、「庚申待」といって、健康長寿を祈願した事に由来しています。そこで庚申塔が、礼拝の本尊として建てられるようになりました。
<榎戸の庚申塔
この塔は山状角柱三台石付、塔の正面上部に「日・月」と「雲」、「富士山」を浮き彫りし、中央部に「庚申神」と刻まれている。右面「天下泰平五穀成就・
風雨順時」。左面・「明治三午十一月庚申日建之」。
上台石正面「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿と「北口同行」・「◯山」と刻まれている。
「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿
丸山講の講紋である山と富士山登山口を示す「北口同行」
台座裏面「世話人」伊藤尊師(以下22名) 先達・吉田金平
一登戸新川町会一 21,2,25

 

f:id:nagatorowo2:20241126145354j:image文字庚申塔


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刻銘「明治三午十一月庚申日建之(1870) / 天下泰平五穀成就風雨順時 / 北口同行◯山 / 世話人伊藤尊師(ほか22名略) / 庚申神」

山状角柱型
f:id:nagatorowo2:20241126145350j:image彫像(日天月天、瑞雲、富士山)
f:id:nagatorowo2:20241126145358j:image三猿像
f:id:nagatorowo2:20241126145405j:image丸山講の講紋

所在地