石仏石神を求めて

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宿山の庚申塔(目黒区上目黒5丁目・路傍)東京都23区の庚申塔 #218

東京都目黒区上目黒5丁目5の路傍(訪問日:令和7年1月2日)

f:id:nagatorowo2:20250103213329j:image野沢通り沿い、寿福寺前バス停から北東にやや行った地点に石仏群があります。これらは「宿山の庚申塔」と呼称されるものです。宿山(しゅくやま)というのは当地にあった荏原郡上目黒村の小字名です(関東小字地図 より。2025年1月3日参照)。
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解説板 宿山の庚申塔
上目黒5-5
 江戸時代の農村では、庚申信仰が盛んで各集落に庚申講があったとといます。60日毎にめぐってくる庚申の日に、講の人々が集まって青面金剛帝釈天猿田彦などをまつり、飲食を共にしながら夜を明かす庚申待が行われました。そして庚申待を18回終えると、供養や記念のために庚申塔を建立しました。この周辺はかって、字名で宿山といいました。
 向かって右から2番目の庚申塔は、元禄5年(1692)の造立で本尊を青面金剛とし、日月、二鶏と、三猿が正面左右の三面にそれぞれ一猿ずつ浮き彫りされています。その左の庚申塔は、地蔵菩薩を本尊とするもので、延宝3年(1675)に造立されました。一番左の庚申塔は宝永5年(1708)の造立で、青面金剛、日月、二鶏、三猿が刻まれています。
平成22年12月
目黒区教育委員会


向かって左の庚申塔から掲載します。

f:id:nagatorowo2:20250103213233j:image青面金剛庚申塔

刻銘「宝永五戊子年□月吉日(1708) / 奉造立庚申供養為二世安楽也施主 / 〈ウーン種子〉」

原刻字「寶永五戊子年□月吉日 / 奉造立庚申供養爲二世安樂也施主」
f:id:nagatorowo2:20250103213237j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、板駒型(舟形光背型との折衷))、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、矢、宝輪、弓)
f:id:nagatorowo2:20250103213241j:image一邪鬼像と標準型三猿像


f:id:nagatorowo2:20250103213253j:image地蔵菩薩庚申塔

刻銘「延宝三乙卯年二月吉日(1675) / 清水九兵衛(ほか交名16名略) / 奉造立庚申供養為二世安楽也 / 〈カ種子〉」

原刻字「奉造立庚申供養為二世安樂也」
f:id:nagatorowo2:20250103213321j:image御尊容(立像、舟形光背型)、その他像容・彫像(錫杖、宝珠)。手編みのものでほっかむりしています。


f:id:nagatorowo2:20250103213325j:image青面金剛庚申塔(三面三猿塔)②


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刻銘「元禄五壬申天十一月十五日(1692) / 結衆敬白 / 田中徳右衛門(ほか交名13名略) / 奉尊躰庚申供養二世為安楽也」※六庚申の日造立。

原刻字「奉尊躰庚申供養二世爲安樂也」f:id:nagatorowo2:20250103213317j:image御尊容(立像、合掌一面六臂、唐破風笠付角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、三叉戟、矢、宝輪、弓)※笠は地面に置いてある。車の接触事故によって像容がかなり損傷したという(目黒区教育委員会『目黒区の庚申塔』17頁参照)。


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三猿像と二鶏像
f:id:nagatorowo2:20250103213245j:imageもともと載せられていた笠部。地面に若干埋まった状態で置かれています。

f:id:nagatorowo2:20250103221859j:image聖観音菩薩塔(元禄三年銘)。こちらの造立目的は不詳です。

 

所在地