石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

都内最古の青面金剛像庚申塔ほか(板橋区板橋3丁目・観明寺)東京都23区の庚申塔 #172

東京都板橋区板橋3丁目の観明寺(訪問日:2024年12月27日)f:id:nagatorowo2:20241229134916j:image中山道沿いにある真言宗寺院です。山号は如意山。
f:id:nagatorowo2:20241229135000j:image寺号標の裏手に小堂が建っています。ここに納められている庚申塔は、青面金剛像を刻む石造物としては都内最古のもので、刻銘から寛文元年八月に建てられたことが分かります。

寛文元年は青面金剛が庚申供養塔の主尊としてその地位を確立する過程の最初期に当たり、これ以前は申待板碑(庚申板碑)や地蔵菩薩像や大日如来像などの諸尊を庚申の本地仏に据えた庚申塔が目立ちます。
堂の傍には設置されて間もない説明書きがあります。f:id:nagatorowo2:20241229134936j:image

解説板① 観明寺と文化財
 如意山観明寺は、真言宗豊山派の寺院です。
 御本尊は聖観世音菩薩、創建年代は暦応元年(一三三八)と伝えられ、延宝五年(一六七七)十月に入寂した慶浄が中興開山とされています。
江戸時代も中山道沿いのこの場所に位置し、信仰を集めていました。
 明治六年(一八七三)、当時の住持照秀が町の繁栄を祈願して成田山新勝寺から不動尊の分身を勘請しました。そのことから、現在も「出世不動」と呼ばれて親しまれています。
 観明寺には、板橋の歴史と文化を伝える文化財が守られています。参道入口にある「観明寺寛文元年庚申塔」は、寛文元年(一六六一)八月に造立されたもので、青面金剛像が彫られたものとしては都内最古です。塔身には板橋宿の人々の名が見えます(昭和五十八年度区指定有形文化財)。
 本堂には「観明寺聖観音立像」と「観明寺不動三尊像」が祀られています(ともに平成二年度区指定有形文化財)。
 「観明寺豊田家奉納仏画」は、幕末に平尾宿の名主をつとめた豊田氏の発起によって奉納された《仏涅槃図》と《釈迦十六善神図》の二幅で、観明寺と板橋宿のつながりを伝える絵画です(令和四年度区登録有形文化財、通常非公開)。
 また、境内に鎮座する稲荷神社は、もとは加賀藩下屋敷内に祀られていた三稲荷の内の一社で、明治時代に陸軍板橋火薬製造所ができた際に、当寺へ遷座されました。
令和六年十二月
板橋区教育委員会


f:id:nagatorowo2:20241229135012j:image庚申塔は厳重に管理されています。閂は固定されておらず開扉自体は可能なようでしたが、旧中山道に面するため人の往来が気になって外す勇気が湧かず。今回は格子越し&隙間からに撮影しました。
f:id:nagatorowo2:20241229134948j:image青面金剛庚申塔


f:id:nagatorowo2:20241229134912j:image

f:id:nagatorowo2:20241229135008j:image

f:id:nagatorowo2:20241229135004j:image

f:id:nagatorowo2:20241229134932j:image

刻銘「于時寛文元天辛丑八月吉日(1661) / 武州豊嶋郡下板橋結衆本願 / 願主大阿闍梨法印権大僧都慶海 / 汝等所行是菩薩道漸々修学悉當成佛矣 / 庚申供養攵白 / 奉新造立正面金剛尊像一躰現當二世安樂所 / 種子〈ウーン?〉」

f:id:nagatorowo2:20241229143058j:image御尊容(立像、一面六臂、宝剣・ショケラ型、笠付角柱型(唐破風))、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、天蓋(神前幕)、火焔光、円形光背、三叉戟、矢、宝輪、弓、二蛇)
f:id:nagatorowo2:20241229134908j:image童子像を従えて二邪鬼を足で踏んづけています。その下には一猿と一鶏が戯れています。


以下おまけf:id:nagatorowo2:20241229134944j:image山門をくぐって本堂へ向かうと稲荷社の脇にも解説板がありました。

解説板② 観明寺案内
山号 如意山 観明寺
本尊 正観世音菩薩 (区有形文化財指定)
脇本尊 不動明王(通称出世不動尊
宗派 真言宗豊山派
総本山 長谷寺 奈良県桜井市初瀬
祖師 宗祖 弘法大師(空海)
   中興祖 興教大師(覚鑁
   派祖 専誉僧正
開宗 真言宗は、平安時代初期に弘法大師によって、中国からもたらされ、わが国で開宗されました。
教え 大日如来を中心とした曼荼羅思想などです。
稲荷神社 もと加賀屋敷内三稲荷の一社
庚申塔 寛文元年(一六六一年)青面金剛の像を刻む都内最古(区有形文化財指定)
赤門 もと加賀屋敷内通用門
板橋七福神 恵比寿神
札所 豊島八十八ヶ所 第八十八番所
行事 不動明王縁日(毎月一日、十五日、二十八日)
   節分会追儺式(二月三日)


f:id:nagatorowo2:20241229134924j:image境内に珍しい石祠がありました。室部正面の凹みにやまいだれ(疒部)の漢字を刻んであります。疱瘡神的なものでしょうか。
f:id:nagatorowo2:20241229134956j:image笠部に卍と家紋のようなものを刻んでいます。


f:id:nagatorowo2:20241229144034j:image

f:id:nagatorowo2:20241229144042j:image

f:id:nagatorowo2:20241229144038j:image

刻銘「享保八卯初秋(1723) / 平尾町中 / 願主真誉亘八(?) / 観明寺法印頼性 / 瘡佛(痆佛?) / 種子〈カーン?〉」※全体的に自信ありません。

f:id:nagatorowo2:20241229144729j:image穴の中を覗くと1円玉など小銭がたくさん入れられていました。賽銭箱みたいな扱いになっているようです。

観明寺の所在地