石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

東京都23区の庚申塔 #220(世田谷区粕谷3丁目・粕谷村地蔵尊)

東京都世田谷区粕谷3丁目の粕谷村地蔵尊(訪問日:2025年1月8日)f:id:nagatorowo2:20250120021025j:image右に行けば千歳通りで芦花公園駅へ、左へ行けば千歳烏山駅へ通じる三叉路に地蔵堂が建っています。

ここは粕谷村地蔵尊といい、往古よりここにあったと伝わります。詳細は以下の石碑を参照のこと。
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由来碑 粕谷村地藏尊
 元禄時代 このあたりの難病及び飢饉厄難に苦しめられた善男善女の多くの人々が飢えに耐え苦難を逃れんとして當地にこの石佛を建て それぞれ願い事を託し 心身の安らぎを祈願したというものである
 故に 今日まで この地藏尊に對する信仰篤く 参拝する人々が多い
 加うるに 周圍の交通頻繁となり危險を增し乍ら今日に至るも 事故もなく過ぎたる事は 偏に この地藏尊の御守護によるものと拝察される 誠に 御慈悲の深い有り難い地藏尊である
昭和五十五年四月吉日
撰文 田中粂之助
   妻 ノブ
粕谷村地蔵尊は 古代より現位置に鎮座し村人達に多くの功徳を齎す
昭和三十五年三角敷地三三〇西方米南方端に移り頂く この程世田谷区道路新設拡幅事業に伴い 始祖地に遷座たまう 記念に御堂と碑を建立し後世に伝う
昭和六十三年十二月吉日
施主 田中義男



f:id:nagatorowo2:20250120021003j:image堂内には5基の石仏が祀られています。もともと帝釈天王銘の庚申塔も祀られていたとのことですが、現在は姿が見えません。

向かって左から時計回りに掲載していきます。
f:id:nagatorowo2:20250120021000j:image青面金剛庚申塔


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刻銘「安永七戊戌年十一月吉日(1778) / 粕谷村講中


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御尊容(立像、一面六臂、合掌型、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、蛇、三叉戟、矢、宝輪、弓)
f:id:nagatorowo2:20250120021054j:image二鶏像、一邪鬼像、三猿像


f:id:nagatorowo2:20250120021039j:image如意輪観音像念仏供養塔

刻銘「旹元禄四辛未年十月十六日(1691) / 粕谷村 / 念佛講供養同志施主十八人 / 梵字〈サ〉」

御尊容(坐像、舟形光背型)


f:id:nagatorowo2:20250120021014j:image地蔵菩薩庚申塔

刻銘「旹宝永七庚寅天十月十一日(1710) / 施主粕谷村 / 奉造立供養庚申 / 梵字〈カ〉」

御尊容(立像、舟形光背型)


f:id:nagatorowo2:20250120021032j:image青面金剛庚申塔

刻銘「旹元禄九丙子年十月十三日(1696) / 講衆欽言 / 奉造立庚申供養爲二世安樂也 / 種子〈アーンク〉」
f:id:nagatorowo2:20250120021043j:image御尊容(立像、一面六臂、合掌型、駒型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、蛇、三叉戟、矢、鑰、弓)
f:id:nagatorowo2:20250120021057j:image三猿像


f:id:nagatorowo2:20250120021010j:image地蔵菩薩

刻銘「【□〜□結衆村肝入篠田佐右衛門】」※【】内は資料より抜粋。


f:id:nagatorowo2:20250120021007j:image明治に入った頃の粕谷村地蔵尊の絵図。昔から三叉路に坐していたのですね。

粕谷村地蔵尊の所在地