石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

猿田彦神社の「馬絹平台の庚申塔」と地神塔ほか(川崎市宮前区馬絹1丁目)神奈川県の庚申塔 #95

神奈川県川崎市宮前区馬絹1丁目13の平台庚申猿田彦神社(訪問日:令和3年10月16日)

f:id:nagatorowo2:20250715170925j:image尻手黒川道路沿いのカワサキプラザ川崎宮前店前の交差点を南下すると左手に猿田彦神社が鎮座しています。ここは平台庚申ともいい、江戸時代から連綿と続く平台庚申講という組織が維持管理、信仰しています。扁額は「平台庚申」銘を中心に据え、銘の右上に猿田彦神社と刻されています。

祀られている庚申塔は「馬絹平台の庚申塔」として令和4年末に川崎市地域文化財有形民俗文化財に指定されました。

川崎市公式ホームページ川崎市教育委員会 : 馬絹平台の庚申塔 (令和7年7月14日閲覧)には以下の説明が付されています。

享保3(1718)年に建てられた庚申塔

疫病封じ、災害予防、五穀豊穣等、地域の守り神として、観音塔、地神塔とともに境界に建てられ、地元住民に長く信仰されてきました。

 

馬絹平台庚申塔 市認定で参拝者増 地域住民が維持管理 | 宮前区 | タウンニュース (令和7年7月14日閲覧)には本塔の信仰の現況等が詳述されていますので、併せてご覧ください。

社殿の右手前には令和元年五月吉日建之銘のある平台庚申講三百周年記念碑が設置されているほか、後掲する地神塔を挟んだ向かい側には平台庚申の由緒を記した由来碑も建立されています。

由来碑の内容 由来記
 今から二百七十年の昔、この村に悪疫が流行いたし、村人が非常に苦しんだ事がありました、講中の人々が力を合せて、村の入口に庚申様、観音様をお祠りして、病魔の侵入を防ぎ、退散を祈願いたしたことが、古老から伝へられております。
 敗戦後、一度修復いたしましたが、再び破損甚しく、このたび平台睦会及び有志の浄財を寄進してここに新築いたすことが出来ました。
 尚、今後共平台地区の発展と、家々の幸福を御守護下さいますよう、衷心よりお願い申し上げます。
平成元年十月吉日
平台睦会

 

f:id:nagatorowo2:20250715170929j:image青面金剛庚申塔

刻銘「享保三戊戌天九月十五日(1718) / 武州橘郡稲毛領馬絹村同行八人 / 奉造立庚申供養祈願成就所(奉菩提庚申供養) / 〈ウーン種子〉」※五庚申の日造立。青文字

馬絹 平台庚申塔 : 万年筆おやじの備忘録 別館(2025年7月14日参照)、赤文字は『川崎市石造物調査報告書資料編』より抜粋。

原刻字「武刕橘郡稲毛領馬絹村同行八人」

御尊容(立像、合掌一面六臂、唐破風笠付角柱型)、その他像容・彫像(日天月天、瑞雲、三叉戟、矢、宝輪、弓、一邪鬼、標準型三猿、二鶏(牡牝一対))

庚申塔の背後には馬絹神社祈禱神璽と記した御神札が立てかけてありました。リンゴや花のお供えに加え、訪問時はコロナ禍の真っ只中だったこともあり、コロナ禍鎮静祈願のお札も納められていました。

 

f:id:nagatorowo2:20250715170933j:image聖観音菩薩像観音講供養塔(聖観音菩薩像念仏供養塔)

刻銘「安永三甲午天三月大吉日(1774) / 稲毛領馬絹村念仏講中十七人 / 奉納観音講供養塔」

原刻字「稲毛領馬絹村念佛講中十七人」

御尊容(立像、舟形光背型)、彫像(未敷蓮華)


f:id:nagatorowo2:20250715170923j:image地神塔

刻銘「文久二戌二月吉日(1862) / 馬絹村平台地神講中梅村佐治兵ヱ(ほか交名7名略) / 地神塔」

山状角柱型

 

猿田彦神社の所在地