石仏石神を求めて

おもに石仏・石神などの石造物を探訪

泉龍寺弁財天池の弁才天石祠(狛江市元和泉1丁目)

東京都狛江市元和泉1丁目8の泉龍寺弁財天池(訪問日:令和7年6月28日)

f:id:nagatorowo2:20250703131247j:image泉竜寺山門を出て左手の道をまっすぐ行くと狛江弁財天池特別緑地保全地区があります。弁財天池はその一画に湧く湧水池で、そのほとりに高さが170cmもある大きな石祠が鎮座しています。見た目的に近代の造立かと思っていましたが、江戸中期の元禄年間の造立であることが扉石に刻まれていてびっくりしたのを記憶しています。扉石の手前には「伊豆美神社御本殿改築工事趣意書」と記された封筒がお供え(?)されています。

この石祠は天保5年(1834年)に刊行された地誌『江戸名所図会』の和泉村霊泉の絵図にも「弁天」の幟とともに描かれています(後掲解説板参照)。

 

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解説板 狛江市史跡
泉龍寺弁財天池
 この池は、市民に「しみず」という名で親しまれています。「和泉」という地名もこの池からうまれたものと推定されます。
 伝説によると、今から約千二百年以上も前の奈良時代に全国的な大旱魃があり、東大寺開山として有名な良弁僧正がこの地において雨乞いを行ったところ、竜神が現れて雨を降らし、その時に水が湧き出したということです。旧「和泉村」の雨乞いの行事をする霊泉として信仰を集めてきました。池の中島には元禄六年(一六九三)にできた石の祠があり弁財天がまつられています
 いつの旱魃にも涸れることなく、その豊富な水量で下流の水田の灌漑用水に利用されてきましたが、昭和四十七年十一月に涸れつきてしまいました。昭和四十八年三月十二日に、狛江市史跡第一号に指定され、復元工事が行われました。
平成十三年三月 狛江市

 

f:id:nagatorowo2:20250703131250j:image弁才天塔・不動明王


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刻銘「元禄六癸酉天四月吉日(1693) / 石谷市□〜□ / 当寺現住牛誉叟代敬白 / 奉建立弁財天□〜□ / 奉寄進不動明王念願成就所」
原字「當寺現住牛譽叟代敬白 / 奉建立辨財天□〜□」

石祠型

 

弁天池の所在地