青森県弘前市西茂森2丁目の普門院(山観)(訪問日:2023年9月1日)
▼関連記事
山観本堂の向かって右側、境内墓地へと続く下り坂の中途に墓塔や民間信仰塔の並ぶエリアがあります。そこにしれっと飢饉供養塔が紛れ込んでいます。
天明飢饉供養塔
刻銘「天明五乙巳年五月十八日(1785) / 施主派町三浦辰之助(ほか13名略) / 爲餓死供羪塔頓證菩提 / 〈烏八臼〉」※死は⿰食死(飠死)。飢餓の状況を強調している?
自然石型
側面には石を割るための矢穴が5つ確認できます。飢饉供養を目的とした石造物では、津軽に限って言えばこれ以外に例がありません。何故これを残したかは不明ですが、自然石をそのまま使ったのではなく、切り出した石を使用したということが分かります。
あと津軽地方の石造物では稀な「烏八臼(ウハッキュウ)」を刻んであるのも特徴的です。
普門院の所在地



